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もし目が覚めたらそこがDQ世界の宿屋だったら九泊目

485 : ◆u9VgpDS6fg :2007/06/22(金) 12:28:32 ID:ft3gEZr80

『餓鬼共が!餓鬼共がァ!』
ボスの余裕が徐々に失われていくのが、手に取るように解った。
ゴーストのボスは決して強い敵ではなかった。
その表情に不安が過り、次第に攻撃も精彩を欠いていく。
ビアンカの放った炎がもう一度ボスの体にぶつかり、
とうとう尻をついたボスの眼前に俺は
止めを刺そうと自分の武器を振り上げた。

『ヒイィィ!わかった!もうやめてくれェ!』
武器を振り上げた姿勢のまま、俺は動きを止めた。
ビアンカが『なにしてるのよ!』と背後から叫ぶ。

顔の前に両手を掲げ、顔を伏せたままボスは
『もうこの城からは出て行く!だから助けてくれェ』と
まるで情けない声で懇願の悲鳴を上げている。
顔周りが焼け落ち、ところどころ切り裂かれたローブが痛々しげにボスの体を覆っていた。
俺は掲げていた武器を下ろす。
『サン、目的を忘れたの?そんなやつ、やっちゃいなさいよ』
ビアンカが明らかに怒った声で言った。ボスが再びヒィ、と泣いた。

『頼むから見逃してくれよ・・・。約束する、もう俺達ァこの城からは出て行くからよォ』
ぼろぼろのローブからはみ出た両腕を必死で振りながら、
ボスは俺とビアンカに交互に泣きついた。
ビアンカはそれを半ば呆れたような目で見下ろしている。

486 : ◆u9VgpDS6fg :2007/06/22(金) 12:30:06 ID:ft3gEZr80

『あんた、自分のしたことがわかってるの?今更そんな事言われたって許せないわよ!』
武器を振おうとするビアンカにボスは悪かったよ!と叫んだ。
『俺達ァ楽しく暮らしたかっただけなんだ。
魔界の仲間にも、幽霊の仲間にも疎ましがられちまってよォ』
当然だわ、と冷たく言うビアンカにボスは情けない声で『この城は誰も寄ってこないしよ、
王様気分でちょっと楽しみたかっただけなんだ』と言った。

『頼むよ、もう悪さはしねえ。ここから出て行けばそれでいいだろう?』
『どうする?サン』
顔を上げたビアンカに、俺は逃がしてやろう、と言った。
『本気なの?信じられないわ!サンってお人好しよね』
今度は俺に向かって呆れた表情を作り、
仕方なさげにビアンカは腰に手を当てると、ボスの方に向き直った。
『行きなさいよ』
渋々と言った声色に、ボスはへっへっへ、と笑い
『ありがとうよ。あんた立派な大人になるぜ』言いながら立ち上がると、
長いローブをばさりと翻した。

瞬きする間もなく、ボスの姿は消えていた。
始めからこうやって逃げればよかったのに。
と思ったけれど、ゲームの世界のルールなんだろうなとぼんやりと俺は納得した。

487 : ◆u9VgpDS6fg :2007/06/22(金) 12:31:11 ID:ft3gEZr80

いつの間にかあれだけ煩く鳴き続けていた雷は止んでいた。
城を包んでいた重く息苦しい空気が和らいで、月明りが切れ切れの雲間から世界を照らし始めていた。
ゆらりとあの暖かい空気が俺達の周りを包んでいた。
王の気配を感じ見上げると、薄い雲を払って顔を出した月と、
穏やかに微笑む王と王妃の姿が見えた。
二人はゆっくりと空を歩き、それぞれに俺とビアンカの手を取った。

浮遊。

世界の理に囚われないその二人の影響か
俺達の足は地面を離れ、ふわりと空中に浮いていた。
手を引かれ、王と王妃の眠るべきバルコニーへと誘われる。

墓石の前に足を着くと、王は俺の手を離し『よくやってくれた。礼を言う』と微笑んだ。
『本当に、感謝します。これで穏やかに眠れそうです』
王妃も王と良く似た笑顔を浮かべ、俺とビアンカの瞳を目を細めて見詰めている。
『城内の者達も、眠りについたようだ。さあ、おまえ。我々も行こうか』
『ええ、あなた』

淡く輝いていた二人の体が、一瞬、更に暖かな輝きを放った。
王が王妃の肩を抱き、王妃は寄り添うようにその腕に体を預ける。
『そなた達のことはきっと忘れまい。本当にありがとう』
嬉しそうに微笑む王妃の笑顔と、王の声が、白い光に包まれていく。
そして少しの余韻を残して、夜の闇に消えた。
最後に墓石が惜しむようにこつり、と音を立てた気がした。

488 : ◆u9VgpDS6fg :2007/06/22(金) 12:32:29 ID:ft3gEZr80

『これで二人は幸せに眠れるのね』
ぼんやりと、今見た光景を刻み付けるように目を閉じて、ビアンカが言った。
ことりと、もう一度墓石が鳴いた。
『・・・何かしら。なにかあるわ』
目を開けたビアンカが墓石を見下ろす。
子供の掌よりも大きな、月光に金色に輝く大きな宝玉が、
王の墓の前に供えるように置かれていた。
ビアンカがそれを手に取り『お礼かしら』と笑った。

手を繋いで夜の道を戻る。
城内にあれだけいた幽霊や魔物は、すっかりとその姿を消していた。
城門をくぐり草原へ出る。
ざわりと風に靡く草花は、入る前のそれと同じ筈なのに、何故か何処か違うもののように思えた。
魔物の気配ももうしない。モンスターも寝るのかしら、とビアンカが言う。
不意にビアンカが俺の手を離し立ち止まった。歩を止め振り向くと、草原の真ん中。
城門の見える位置でビアンカがしゃがみ込んでいる。
『あたし、今日沢山モンスターを殺したわ』
一歩、少女の下へ踏み出しかけた俺に、ビアンカは呟いた。
少女の見下ろす地面に、つい数時間前戦った、小さなモンスターの爪あとがくっきりと残されていた。
『猫ちゃん・・・』
その両の手を顔の前で組み、ビアンカは目を閉じた。
その整った顔立ちの向こうに、快感や優越はもう、見えなかった。

俺は今後にしたばかりの大きな城を見上げた。
暗闇の象徴のように感じたその城は今は、月明りの中、
世界を見守るように、静かに穏やかに佇んでいる。

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