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もし目が覚めたらそこがDQ世界の宿屋だったら五泊目

603 :591 ◆MAMKVhJKyg :2006/03/01(水) 11:26:38 ID:ZQyItkOQ0

18歳にして新社会人の一員となった私を待っていたのは、見知らぬ家々を訪問し、ひたすら保険の話を聞かせてまわるという仕事だった。
デザイナーを夢見て高校に通ったはずなのに、いざ卒業してみると、このバカみたいな会社への就職が決まっていた。
これ以上勉強するのが面倒くさくなり、進学よりも自分が自由に使える金が欲しい、という安易な気持ちで就職したのだ。
「マナミって、居心地はいい奴だけど、いつもダルそうだよねー」
それが友人達から私に寄せられた人物評だった。
だって、私は来る物拒まず、去る物追わず。
高校3年間の交友関係なんて一瞬で終わるものなのに、いちいち怒ったり泣いたりするのって、面倒くさいじゃない…。
 自分は一体何をやっているんだろうと、ふとした瞬間に思わなくもなかったが…。

一日中外回りに出ていた。未だ着慣れないスーツは心なしか重く感じられる。木枯らしが足元をすくっていった。
今日も一件の契約も取れなかった。
事務所に戻るのは気が重かった。自然、足取りも引きずるような重いものとなる。
ふと、足元ばかり見ていた私の視界の端に何かが映った。
深夜を通して営業しているファミレスのネオンだった。
サボりたい。寒さをしのぐという誘惑に勝てず、私はあたたかな店に入り、コーヒーを頼んだ。
安っぽいスポンジの椅子が、やけに柔らかく感じられ、私はうとうとしはじめた。

ハッと気付いて、慌ててポケットの中の携帯電話を探った。折り畳みを開くのももどかしいくらいに時刻表示を見ると、
あれから3時間以上も経ってしまっている。
帰社時間を1時間も過ぎていることになる。課長の鬼のような形相が目に浮かび、傍らのバッグをひったくるようにして手に取った。
帰らなければ。私はうんざりした。またことあるごとにねちっこく嫌味を言われるに決まっている。
勢い込んで立ち上がった私であったが、そのときになってある事に気が付いた。
そこはファミレスではなかった。

604 :591 ◆MAMKVhJKyg :2006/03/01(水) 11:28:18 ID:ZQyItkOQ0

どうやらビジネスホテルの一室のようだ。
室内は至って簡素なもので、ベッドとタンス、テーブルしかない。生木が剥き出しの床に、石の壁。
明治か大正にしかお目にかかれないような、いまどき珍しいランプがテーブルの上にはあり、そこからは独特の匂いが漏れている。
ガタンと派手な音がして、何かにけつまづいた。勢いこんで椅子を蹴飛ばしたらしい。
テーブルには、自分の顔の跡がくっきりと付いていた。寝息の湯気が付いているわけだが、それは空恐ろしくなるほどに不細工だった。
ここに突っ伏して寝ていたのか…。
ファミレスからホテルに入った道程がさっぱり思い出せない。しかし、そんなものは課長の説教の前にはどうでもいい事だ。
とにかく今は急がねばなるまい。と、ここでふと私はある事に気が付いた。
このマニアックな部屋…もしかして。
なんて事だ。けだるく生活してはいても、道を踏み外す事は絶対にしまいと思っていたのに。

ここは……ラブホテルなのではないか?

ラブホテルというものはとにかく様々な部屋があるらしい。これまで生きて居て入った事は無い。
無いが、しかし。こういう中世みたいな部屋は、何か意味深なものを表現しているような気がした。
なんでこんな部屋があるんだろう。この疑問を解決するため、私は無い知恵しぼって渾身の結論に行きついた。

答え:雰囲気作りのため…ではないか。

しかし、こんなタンスしか無い貧乏くさい部屋に連れてこられたら、普通にリアクションに困るだろうという、新たな疑念が生じた。
いや、違うよ。私のバカ。
どう考えてもラブホじゃないよこれ。
でも、何だって私はこんな妙な所に居るんだよ。
私はこめかみを抑えた。そこは、勢いよくピクピクしていた。
大きく深呼吸して、少し冷静になって考えてみる。

私は、あちこち調べてまわった。不安から、自分のバッグを片時も離さなかった。
窓を見付け、無性に外の空気を吸いたくなってカーテンを開けた。
そこには、またしても私を悩ませる光景が広がっていた。

605 :591 ◆MAMKVhJKyg :2006/03/01(水) 11:29:48 ID:ZQyItkOQ0

見渡す限り、濃い緑の森、彼方にそびえる青々とした雄大な山、さんさんと照りつける太陽に反射した湖水の煌きも見える。
眼下には、ドールハウスか何かのように、小奇麗にまとまった古めかしい家々があった。
電線もアスファルトも車もない。
見るからに、そこはヨーロッパのどこかにある光景だった。それも2〜3世紀ほど前の。
何より、今は午後6時頃のはず。この太陽の位置はおかしい。
私はケータイを再び手に取る。18:31とそこには表示されていた。
……おかしい。怪しむ私の目の前で、表示時間は18:32となった。…ちゃんと動いてはいるようだ。


あれからいくら考えても状況に答えが出せず、結局私は部屋を抜け出した。
どこをどう走ったのかよく覚えてはいないが、細長い廊下を渡り、階段を降りたような記憶はうっすらとある。
よほど混乱していたに違いない。気が付くと、簡素なホールらしき場所に居た。目の前にはカウンターがある。
さらに、カウンターには金髪の外人がいた。その向こうに、出口とおぼしき扉がある。

私は壁際に身を潜めた。
金髪が私に気付いた様子はない。
息さえも殺す私。
金髪が扉から背を向けた。
……今だ。

脱出成功だ。どうやら高校時代、校門で待ち構えている服装チェックする教師(スカートの膝丈や、髪やピアス穴を調べるアレだ)
をかわす技術が、ここでも功を奏したらしい。
うしろめたい事をした覚えは無いが、何か聞きとがめられる事を恐れて抜け出した。
そのときは、そこは何かの宿泊施設だろうという見当しかつかなかった。
『宿屋』という古めかしい呼び方をされている事を知るのは、もう少し後になってからだった。

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